クルーズクルーズTHE GINZA閉店
CORECONCEPTお取引店の一つ
【クルーズクルーズTHE GINZA】が2020年12月26日をもって25年の歴史に
幕を下す旨連絡を受けました。
銀座4丁目交差点からすぐ銀座COREビルにあり、200席以上で会食やパーティが
出来る大型空間はとても珍しく、立地の良さから4丁目交差点でのWeddingロケフォト・
結婚披露パーティが人気でした。
弊社も沢山のお二人を撮影してきたので、この知らせは残念で仕方ありません。
時代が流れるというのは時に発展嬉しく、また残酷な一面もありますね。
店内は大人銀座の街にふさわしく落ち着いた雰囲気で、クラシカル。
ワインセラーであるワインカーブは時にチャペルへと変貌いたします。
この両サイドがワインセラーとなっています。
ここで撮影するとこんな感じのウェディングフォトになります。
銀座は舌の肥えたお客様の期待に応えるため、客も店側も切磋琢磨してきたと思います。
銀座の歴史
【銀座】は徳川家康が駿府にあった銀貨鋳造所を現在の銀座2丁目に移し【新両替町】として発展。
(銀座という名前は明治に入ってからだそう)
江戸の大火(火事が起こるたびに都市として都度アップグレード)
→明治時代不燃都市レンガ造りの街にするも人気がなく空き店舗だらけ。
(その理由は人口激減・店舗払下げ価格高騰により)
→朝日・読売・毎日の各新聞社が会社を立ち上げ、事務所を構え以降、銀座の街のアピールに一役買うことになる。
→関東大震災で木造資産は焼けてしまったものの銀座はレンガ街が功を奏し、すぐに商売ができた。
→昭和初期【カフェー】が流行。モダンボーイ・モダンガール(通称モボモガ)出現で
銀座は流行の最先端となる。
→第二次世界大戦の東京空襲で大方焼け野原となったが、銀座7丁目・8丁目はその難を逃れる。
→GHQ本部の置かれた第一生命ビルのお陰で銀座は次なる時代へと発展していく。
ざっとまとめますとこんな感じでしょうか。
【銀座を愛でるコラム】参照にしました。
災害・震災・戦争を乗り越え復興しながら今の時代へと繋いできてくれたのですね。
【新型コロナウィルス】ある意味人災ですが、先人がやってこれたことを
私たちが出来ないはずがありません。そう信じています。
生きていると色々な事ありますが、【生きてりゃ何とかなる】って言葉を思い出します。
クルーズクルーズその他店舗
銀座店は残念ながら閉店いたしますが、
◆新宿クルーズクルーズ
◆サンシャインクルーズクルーズ
◆横浜クルーズクルーズ
◆リストランテベニーレベニーレ
◆青山星のなる木
◆天空に庭星のなる木
◆横浜星のなる木
は変わらず店舗営業しております。勿論【WEDDING】も。
リストランテベニーレベニーレは先日からスタートしたドラマ「リモラブ」の社食ロケーションで
お使いになられてました。そのくらい広いのです。ソーシャルディスタンス全く
問題なしです。
とは言っても結婚式は二人だけでなくご高齢のお身内がいらっしゃいます。
ご時世様子を見ながらだと思いますが、
さりとて自粛反動が来ているのをgotoが始まって以来ヒシヒシと感じております。
日程は争奪戦になると思うので、ご予約はお早めに!!です。
参考にしていただけたら幸いです。